将来の夢を持つことの重要性
2011年 1月 21日(金曜日) 11:03

小学校2年生の時の文集で、「将来はプロ野球選手になりたい。もしなれたなら、大内先生に連絡します。なれなかったら連絡しません。」という将来の夢を書いたことを今でもはっきり覚えています。(大内先生は2年生のときの担任の先生)

これは文集のためにだけに考えたことではなく、小学校に入った頃からずっと描いていた夢でした。その後も、中学校を卒業するまではずっとその夢を追い続けていたことを覚えています。高校では、肩の故障と、毎日のあまりの厳しい練習のために、その夢を諦めかけた事が幾度もありました。いや、そのような夢のことを考えているほど、毎日に余裕がなかったというべきでしょうか? しかし、その3年間以外は、夢が達成できるまでずっとプロ野球選手になることを思い描いていました。

将来の夢を書き綴った最初がその2年生の文集。その年齢ですから内容は幼稚ですが、「~になりたい、~になったら~する。」と自分の意思をはっきり書いている。しかも、頭で考えているだけでなく、文章にしたことにかなりの意味があった。その上に、その文集は後々もずっと残っていくものですし、私自身何度も読み返したことから、今思えば、ゴール設定としては最高の行為だったと思います。

今でこそ、私はアール・ナイチンゲールや、ナポレオン・ヒルなどの自己啓発の本を読んで勉強していますが、高校までは自己啓発なる分野の存在さえも知りませんでした。大学に入ってからは、哲学という分野がありましたが、自分では専攻していませんでしたし、哲学を学ぶと頭がおかしくなるというような間違った認識を持っていました。

野球などで、投げること、打つこと、走ることなどが、もともとセンスのある子供たちがいますが、私は、ゴール設定やメンタル的な面で、他の子供よりは長けているところがあったように思います。ただ、子供のころに野球センスがあったが、努力しなかったために上のレベルで野球が出来なかった人たちがいたように、私の場合も、その類の本を読まなかったり、メンタル的なことを考えず、努力していなかったら、そのような自分の良い面を伸ばせることなく、平凡な人生を送っていたことでしょう。

日本のプロ野球に入って、野球のスランプに陥った時には、メンタルトレーニングの本を買いあさり、何度も繰り返し読み、それを書き出した。アメリカに来てからは、自己啓発の本、テープを買いあさり、何十回も読み直し、あるいは聞きなおし、それを書き出したり、または取材や講演でそのような内容を話したりしました。

スポーツでも、技術練習以外にすることはたくさんあります。あるいは、技術で他の人にかなわなくても、それ以外で他の人たちと対等に渡り合える、あるいは、その人たち以上にうまくやれる方法もあるのです。

それが、体を使うスポーツの世界ではなく、一般社会や、ビジネス界で生きていくこととなれば、自己啓発で他の人の上をいくことが可能であることは容易に想像がつくのではないでしょうか? 私はメジャーでは決して体に恵まれていたとはいえませんでしたが、メンタル、自己啓発などで何とかカバーしていました。それは、体に恵まれている人と比べれば、かなり大変なことでした。野球を引退し、体や運動神経など関係なく生きていける今、ずいぶん楽だなあと感じながら生活しています。

そして、現在、小学2年生に夢見たのと同じような夢を追いかけています。いや、その夢よりもっと大きな夢を今は追いかけています。そのために毎日が大変充実したものになっています。

(自己啓発)

 

長谷川滋利